渥美由喜が再取材!
「3K」を「3恵」にする制度整備と人材育成
かつて「3K」と敬遠され、いまだ人材の定着に苦慮している業種ながら、離職率ゼロ、企業信用度アップに成功している中小企業がある。30分単位で取得可能な子どもの看護休暇制度をはじめ、高齢者継続雇用、資格取得支援など取り組みは、業界のイメージを覆す勢いだ。
ダイバーシティ&ワークライフバランス研究・推進の第一人者、渥美由喜がその成功要因を探った。
ダイバーシティ&ワークライフバランス研究・推進の第一人者、渥美由喜がその成功要因を探った。
注)写真は特別な断りがない場合は2012年に撮影したものであり、記事は初出の『chacun vol.5』(2013年2月刊)を再取材により全面的に書き換えています。
会社存続の危機を救った、
男性従業員のための
ワーク・ライフ・バランス
男性従業員のための
ワーク・ライフ・バランス
私は、父が小さな工務店を営んでいたこともあり、職人さんの世界に少なからず親近感を覚える一人です。
天候に左右される仕事、不安定な収入、高所寒暑を問わない厳しい労働環境。それゆえに、厳しい、汚い、キツイの「3K」と揶揄されがちで、雇用する側としては人材確保に苦慮するという面があります。中には、現場から現場へと渡り歩く、素浪人のような職人さんもいました。
そのような背景を知っているからこそ、島根県松江市に長岡塗装店という、職人さん相手にWLBを推進している会社があると聞いた時は、意表を突かれる思いがしました。
「弊社は祖父が興し、今の社長で三代目。私は父が社長の代に入社しました」と、古志野純子常務は話します。同社では早くから福利厚生を整えていたものの、1990年代に離職者が後を絶たなくなりました。ある年など、「5人入社して、年内に7人辞めた」といいます。古株の従業員が思いつめた顔で、「若手が塗装のイロハも身に付かないうちに辞めていく。このままでは会社がダメになる」と進言してきた時に、古志野常務は人材育成を現場任せにしていたことに気づき、ハッとしたそうです。
職人の世界で一人前と言われる一級技能士の国家資格を得るには、筆記試験に加えて7年以上の実務経験が必要です。昔は家計を助けるために、この世界に飛び込んで来る10代も多かったといいますが、昨今は楽に収入を得る手段が他にたくさんあります。典型的な男社会で、休みが取りづらいというイメージもマイナスでした。
「若い男性が働き続けたいと思う、魅力的な会社にしなければ」と考えた古志野常務は「カッコいい職人」を育てることを目標に、男性従業員のWLBに目を向けました。「カッコいい職人」とは、身だしなみや態度から醸し出される清潔感や誠実さはもとより、ワークでは技能が高く、ライフでは家庭人としても充実している、そんな「3K」のイメージを払拭するものでした。
さらにもう一つ、ベテランの従業員の高齢化問題がありました。いくら若手を増やしても、技術を教える者がいなくては育ちません。そこで、定年後も65歳まで働いてもらえるようにと、1998年に高齢者就労継続雇用制度を導入。その後、上限を70歳まで引き上げています。
この再雇用制度によって70歳までの就労継続を果たしたのが、職人歴50年に及ぶ出川正之さんです。出川さんは、公道に架かる橋梁の塗装など、公共事業を受注する際に必要な一級鋼橋塗装技能士の資格も持つベテラン、「体が動くうちは働いていたほうがいい。家でじっとしていたら、かえって病気になりそう」と笑いながら、週の半分は現場で若手の指導に当たりました。
また、仕事のかたわらボランティアも引き受け、地域の保育園の園児たちにペンキの塗り方を手ほどきしながら、物置小屋を塗り直すなどして喜ばれたり。「この年になってようやく、仕事の面白さがわかるようになりました」と、出川さん。「若い人の仕事ぶりを見ていると元気をもらうし、そのままでは失敗するぞ、というアドバイスもできる。自分が持っているものを伝えておきたいですね」。
熟練の技術と経験は若手から頼りにされているだけでなく、家庭を持つ男性としての生き方もよいモデルになっています。
天候に左右される仕事、不安定な収入、高所寒暑を問わない厳しい労働環境。それゆえに、厳しい、汚い、キツイの「3K」と揶揄されがちで、雇用する側としては人材確保に苦慮するという面があります。中には、現場から現場へと渡り歩く、素浪人のような職人さんもいました。
そのような背景を知っているからこそ、島根県松江市に長岡塗装店という、職人さん相手にWLBを推進している会社があると聞いた時は、意表を突かれる思いがしました。
「弊社は祖父が興し、今の社長で三代目。私は父が社長の代に入社しました」と、古志野純子常務は話します。同社では早くから福利厚生を整えていたものの、1990年代に離職者が後を絶たなくなりました。ある年など、「5人入社して、年内に7人辞めた」といいます。古株の従業員が思いつめた顔で、「若手が塗装のイロハも身に付かないうちに辞めていく。このままでは会社がダメになる」と進言してきた時に、古志野常務は人材育成を現場任せにしていたことに気づき、ハッとしたそうです。
職人の世界で一人前と言われる一級技能士の国家資格を得るには、筆記試験に加えて7年以上の実務経験が必要です。昔は家計を助けるために、この世界に飛び込んで来る10代も多かったといいますが、昨今は楽に収入を得る手段が他にたくさんあります。典型的な男社会で、休みが取りづらいというイメージもマイナスでした。
「若い男性が働き続けたいと思う、魅力的な会社にしなければ」と考えた古志野常務は「カッコいい職人」を育てることを目標に、男性従業員のWLBに目を向けました。「カッコいい職人」とは、身だしなみや態度から醸し出される清潔感や誠実さはもとより、ワークでは技能が高く、ライフでは家庭人としても充実している、そんな「3K」のイメージを払拭するものでした。
さらにもう一つ、ベテランの従業員の高齢化問題がありました。いくら若手を増やしても、技術を教える者がいなくては育ちません。そこで、定年後も65歳まで働いてもらえるようにと、1998年に高齢者就労継続雇用制度を導入。その後、上限を70歳まで引き上げています。
この再雇用制度によって70歳までの就労継続を果たしたのが、職人歴50年に及ぶ出川正之さんです。出川さんは、公道に架かる橋梁の塗装など、公共事業を受注する際に必要な一級鋼橋塗装技能士の資格も持つベテラン、「体が動くうちは働いていたほうがいい。家でじっとしていたら、かえって病気になりそう」と笑いながら、週の半分は現場で若手の指導に当たりました。
また、仕事のかたわらボランティアも引き受け、地域の保育園の園児たちにペンキの塗り方を手ほどきしながら、物置小屋を塗り直すなどして喜ばれたり。「この年になってようやく、仕事の面白さがわかるようになりました」と、出川さん。「若い人の仕事ぶりを見ていると元気をもらうし、そのままでは失敗するぞ、というアドバイスもできる。自分が持っているものを伝えておきたいですね」。
熟練の技術と経験は若手から頼りにされているだけでなく、家庭を持つ男性としての生き方もよいモデルになっています。
目の前にいる
従業員だけでなく、
その家族への
支援になることも重要
従業員だけでなく、
その家族への
支援になることも重要
私が知るところでは、職人さんの世界というのは温かい家庭があってこそで、例えば今ならコンビニで昼食を調達することもできますが、昔はみんな家からの弁当持ちでした。同社にもかつて、退職願の理由が「独身で弁当が用意できないから」という例があったと聞きます。
古志野功社長も、「会社の目の前にいる従業員だけでなく、その家族を含めて大事にしなければ」と考えたそうです。そこで、男性従業員に子どもが生まれたのを機に、「子の看護休暇制度」を設定。これは現在、高校を卒業するまでの子1人に付き年5日の有給休暇を30分単位で取得できる制度になっています。
30分単位にしたのは、子どもを病院に連れて行くとしても丸1日はかかりません。病児保育に預けたら仕事に戻ることも可能です。それなのに有給の1日分がなくなるのでは、いくら看護休暇があっても足りないと考えたからです。同様の考え方から、「育児のための短時間勤務制度」も、30分単位で1時間まで取得可能になりました。
一級塗装技能士で高所作業車運転者などの資格も持つ西村純一さんは、30代でもうすぐ3児の父に。第1子誕生の時は早めに帰宅して出産に立ち合い、第2子の時は現場から駆けつけました。ふだんから周囲に「生まれそうだから連絡がきたら、仕事を抜けるよ」と話していたそうです。また、子どもが幼稚園に通うようになると、PTAの行事に駆り出されることもしばしばあるといい、「地域人」としての活躍ぶりも伺えます。
同社の取り組みはやがて、「本人・妻の出産祝金10万円支給」「保育料の3分の1を補助」「育児(家族の介護)のための始業・終業の繰り上げ、繰り下げ」「家族の介護サービス利用費用の3分の1を助成」「年次有給休暇の1時間単位での取得可能」などに広がっています。これには、主に事務方を担っている女性従業員の事情もありました。
もともと女性従業員の割合が少なく、同社にとって初めて産休・育休を取ることになった人、シングルマザーになりUターンしてきた人、家族に介護が必要な人など、様々な人材が入社してきたこともありました。勤続20年目になる勝田里美さんによると、「少しずつ女性従業員が増えてきて、その都度、会社は何ができるだろうかと、当人と話し合って決めていった記憶があります」。
勝田さん自身、誰かが急に休んだ時にも他の人員でカバーできるよう、個々の仕事のマニュアル化を進めました。すると、「助けてもらった」という思いが強まるのか、休業からの復帰が早まる傾向が見られるといいます。
私は、このマニュアル作成による「業務の共有化」には、今いる人材でカバーしあうことの他に、次のようなメリットが3つあると思います。
まず、仕事の流れやポイントを誰にでもわかるように書くという作業が、ふだん無意識にやっている自分の仕事の見直しになります。
2つ目は、第三者的な評価が入るというメリットです。自分では気がつかない作業上の無駄が、人にはよく見えるものです。誰かのマニュアルに沿って仕事を進めた時に、時間がかかったり、理解してもらえなかったりした箇所は、改善の余地ありなのです。アドバイスしてもらって改善することにより、仕事の効率化が進みます。
そして3つ目は、複数業務のOJTになるということです。多能工化を促すといってもよいでしょう。できることが増える、意外な才能に気づく、そんな機会にもなります。
同社では「誰かの休みは新たな勉強の機会」といった表現をしていますが、そのようにポジティブな気持ちで取り組むと、職場の雰囲気も変わるのではないでしょうか。
古志野功社長も、「会社の目の前にいる従業員だけでなく、その家族を含めて大事にしなければ」と考えたそうです。そこで、男性従業員に子どもが生まれたのを機に、「子の看護休暇制度」を設定。これは現在、高校を卒業するまでの子1人に付き年5日の有給休暇を30分単位で取得できる制度になっています。
30分単位にしたのは、子どもを病院に連れて行くとしても丸1日はかかりません。病児保育に預けたら仕事に戻ることも可能です。それなのに有給の1日分がなくなるのでは、いくら看護休暇があっても足りないと考えたからです。同様の考え方から、「育児のための短時間勤務制度」も、30分単位で1時間まで取得可能になりました。
一級塗装技能士で高所作業車運転者などの資格も持つ西村純一さんは、30代でもうすぐ3児の父に。第1子誕生の時は早めに帰宅して出産に立ち合い、第2子の時は現場から駆けつけました。ふだんから周囲に「生まれそうだから連絡がきたら、仕事を抜けるよ」と話していたそうです。また、子どもが幼稚園に通うようになると、PTAの行事に駆り出されることもしばしばあるといい、「地域人」としての活躍ぶりも伺えます。
同社の取り組みはやがて、「本人・妻の出産祝金10万円支給」「保育料の3分の1を補助」「育児(家族の介護)のための始業・終業の繰り上げ、繰り下げ」「家族の介護サービス利用費用の3分の1を助成」「年次有給休暇の1時間単位での取得可能」などに広がっています。これには、主に事務方を担っている女性従業員の事情もありました。
もともと女性従業員の割合が少なく、同社にとって初めて産休・育休を取ることになった人、シングルマザーになりUターンしてきた人、家族に介護が必要な人など、様々な人材が入社してきたこともありました。勤続20年目になる勝田里美さんによると、「少しずつ女性従業員が増えてきて、その都度、会社は何ができるだろうかと、当人と話し合って決めていった記憶があります」。
勝田さん自身、誰かが急に休んだ時にも他の人員でカバーできるよう、個々の仕事のマニュアル化を進めました。すると、「助けてもらった」という思いが強まるのか、休業からの復帰が早まる傾向が見られるといいます。
私は、このマニュアル作成による「業務の共有化」には、今いる人材でカバーしあうことの他に、次のようなメリットが3つあると思います。
まず、仕事の流れやポイントを誰にでもわかるように書くという作業が、ふだん無意識にやっている自分の仕事の見直しになります。
2つ目は、第三者的な評価が入るというメリットです。自分では気がつかない作業上の無駄が、人にはよく見えるものです。誰かのマニュアルに沿って仕事を進めた時に、時間がかかったり、理解してもらえなかったりした箇所は、改善の余地ありなのです。アドバイスしてもらって改善することにより、仕事の効率化が進みます。
そして3つ目は、複数業務のOJTになるということです。多能工化を促すといってもよいでしょう。できることが増える、意外な才能に気づく、そんな機会にもなります。
同社では「誰かの休みは新たな勉強の機会」といった表現をしていますが、そのようにポジティブな気持ちで取り組むと、職場の雰囲気も変わるのではないでしょうか。
資格取得に必要な経費を負担
介護離職で
Uターン人材の確保も
介護離職で
Uターン人材の確保も
さらに私が驚いたのは、上限はあるものの、資格取得のための講習費や受講料を会社が負担している点です。それも、同社の従業員だけでなく、協力業者にまで助成しているのです。
「ビジネスパートナーですから。かつて建設業界は、下請けどころか、孫請け、ひ孫請けのような重層体系に目をつぶるようなところがありました。しかし今は、健全な施工体系が求められています」と、古志野社長。入札や受注時に提出する書類には、協力会社の担当者氏名と資格の有無まで明記しなければなりません。
「長岡塗装店として仕事を受けるのですから、協力業者の方にもそれなりの技術を身に付けてもらわなければ。また、資格を取ったことでモチベーションを上げてほしい、さらに研鑽してほしい、そういう気持ちもあります。それは弊社の従業員であろうとなかろうと同じですね」。
同社ではそのような支出を、社員が輝くためには必要な固定費だ、インフラへの投資と同じだと考えています。
古志野社長も、「負担といっても一時的なものですし、それで働いてもらって会社は利益を上げるのですから、還元しなければ。少ない人員でいかに能力を発揮してもらうか、常に考えています」と話します。
人材確保・育成の費用をうまく捻出している背景には、ありとあらゆる公的助成金制度を利用していることもあります。古志野常務によると、国や自治体の助成金制度には中小企業向けのものがたくさんあり、「大から小まで目を光らせて、すぐに申請できるように準備を怠りません」。同社では1年単位の変形労働時間制を導入し、週平均労働時間を39時間に設定、就業規則にも記載しています。これも助成金を申請する際に計算してみたところ、すでに40時間を切っていたことに起因しているとか。
このような努力の積み重ねによって同社は、助成金の調達だけでなく、島根県の発注工事成績ランキングで連続4位(平成22年と23年)を獲得するなど、企業としての信用度も高めています。
人口減少社会において地方の活性化は狙い目だ、雇用側にとってはUターンやJターンを希望している優秀な人材確保のチャンスだ、雇用される側にとっては暮らしやすく働き続けやすい環境になると、私は常々思っています。その一例として、ここ長岡塗装店にも、大手ゼネコンから住宅メーカー、人材派遣業などいくつかの転職を経て、親の介護のためにUターンしてきた従業員がいます。
その奥井建治さんは現在、同社の営業部長です。一人暮らしをしている母親の介護が必要になった時に、Uターンしても、営業畑で歩んできた経験を活かせる仕事があるかどうかわからないと、悩んでいました。そのような折、たまたま幼馴染だった古志野社長と常務から、近年増えてきた個人住宅のニーズへの対応を相談されたのでした。
営業ノウハウを磨きたいと同社と再就職先を得たい奥井さん、双方の思惑がマッチしました。奥井さんはさっそく、打ち合わせの際は営業用のユニフォームに着替える、言葉づかいや態度も改めるなど、それまで同社になかった営業マニュアル、教育プログラムを作成しました。「お客様に満足していただくのはもちろんですが、それを業績に結び付けなければ意味がないですから」。
同社のWLBの取り組みについては、「大手でよく見られたのは、制度を作っても十分な説明を従業員にしないという傾向でした。従業員にしても有休を取ることに消極的で、休めない業種だと固定観念があるようでした」と、奥井さん。それに比べて同社は、「資格取得や社会保険制度に関する座学を開いたり、年間計画を一人ひとりと話し合うなど、自分たちがどのような仕組みの中で働いているのか理解を促し、働く意識を高めている。徹底しているなと驚いた」そうです。
従業員はもとより、その家族や同業者への支援を惜しまず、チャンスがあれば他社で経験を積んできた人材を確保し、活用する。このような土壌で育った「カッコいい職人」たちの輝きはメディアにも度々取り上げられ、知名度アップ、若年層の定着率向上、河野文香さんという21歳の女性現場監督誕生などの成果に結びついています。
中小企業には無理だ、地方は人材不足だから、男性中心の職場には合わない、といったネガティブ・ボイスが聞こえる時、私はこの長岡塗装店の、顧客よし・従業員よし・業績よしの「三方よし」を思い浮かべずにはいられません。
「ビジネスパートナーですから。かつて建設業界は、下請けどころか、孫請け、ひ孫請けのような重層体系に目をつぶるようなところがありました。しかし今は、健全な施工体系が求められています」と、古志野社長。入札や受注時に提出する書類には、協力会社の担当者氏名と資格の有無まで明記しなければなりません。
「長岡塗装店として仕事を受けるのですから、協力業者の方にもそれなりの技術を身に付けてもらわなければ。また、資格を取ったことでモチベーションを上げてほしい、さらに研鑽してほしい、そういう気持ちもあります。それは弊社の従業員であろうとなかろうと同じですね」。
同社ではそのような支出を、社員が輝くためには必要な固定費だ、インフラへの投資と同じだと考えています。
古志野社長も、「負担といっても一時的なものですし、それで働いてもらって会社は利益を上げるのですから、還元しなければ。少ない人員でいかに能力を発揮してもらうか、常に考えています」と話します。
人材確保・育成の費用をうまく捻出している背景には、ありとあらゆる公的助成金制度を利用していることもあります。古志野常務によると、国や自治体の助成金制度には中小企業向けのものがたくさんあり、「大から小まで目を光らせて、すぐに申請できるように準備を怠りません」。同社では1年単位の変形労働時間制を導入し、週平均労働時間を39時間に設定、就業規則にも記載しています。これも助成金を申請する際に計算してみたところ、すでに40時間を切っていたことに起因しているとか。
このような努力の積み重ねによって同社は、助成金の調達だけでなく、島根県の発注工事成績ランキングで連続4位(平成22年と23年)を獲得するなど、企業としての信用度も高めています。
人口減少社会において地方の活性化は狙い目だ、雇用側にとってはUターンやJターンを希望している優秀な人材確保のチャンスだ、雇用される側にとっては暮らしやすく働き続けやすい環境になると、私は常々思っています。その一例として、ここ長岡塗装店にも、大手ゼネコンから住宅メーカー、人材派遣業などいくつかの転職を経て、親の介護のためにUターンしてきた従業員がいます。
その奥井建治さんは現在、同社の営業部長です。一人暮らしをしている母親の介護が必要になった時に、Uターンしても、営業畑で歩んできた経験を活かせる仕事があるかどうかわからないと、悩んでいました。そのような折、たまたま幼馴染だった古志野社長と常務から、近年増えてきた個人住宅のニーズへの対応を相談されたのでした。
営業ノウハウを磨きたいと同社と再就職先を得たい奥井さん、双方の思惑がマッチしました。奥井さんはさっそく、打ち合わせの際は営業用のユニフォームに着替える、言葉づかいや態度も改めるなど、それまで同社になかった営業マニュアル、教育プログラムを作成しました。「お客様に満足していただくのはもちろんですが、それを業績に結び付けなければ意味がないですから」。
同社のWLBの取り組みについては、「大手でよく見られたのは、制度を作っても十分な説明を従業員にしないという傾向でした。従業員にしても有休を取ることに消極的で、休めない業種だと固定観念があるようでした」と、奥井さん。それに比べて同社は、「資格取得や社会保険制度に関する座学を開いたり、年間計画を一人ひとりと話し合うなど、自分たちがどのような仕組みの中で働いているのか理解を促し、働く意識を高めている。徹底しているなと驚いた」そうです。
従業員はもとより、その家族や同業者への支援を惜しまず、チャンスがあれば他社で経験を積んできた人材を確保し、活用する。このような土壌で育った「カッコいい職人」たちの輝きはメディアにも度々取り上げられ、知名度アップ、若年層の定着率向上、河野文香さんという21歳の女性現場監督誕生などの成果に結びついています。
中小企業には無理だ、地方は人材不足だから、男性中心の職場には合わない、といったネガティブ・ボイスが聞こえる時、私はこの長岡塗装店の、顧客よし・従業員よし・業績よしの「三方よし」を思い浮かべずにはいられません。
構成・文/安里麻理子 写真/吉永考宏