日本総研 研究員レビューVOL.4

人事部門は働く女性のキャリア形成支援に
どのように取組むべきか(1)
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株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
人事・組織コンサルティンググループ
マネジャー
榎本久代

榎本 久代 (えのもと ひさよ)
ゴルフ場、スキー場等総合リゾート事業運営会社の人材開発部門を経て、株式会社日本総合研究所に入社。人事コンサルティング業務に従事。企業特性、事業特性にフィットするトータルな人事制度の設計、運用支援、及び制度定着のための各種研修を担当。近年は女性活躍推進のための調査及び従業員の意識改革研修等についても支援。
 第2次安倍内閣が女性活躍推進を成長戦略の柱の一つに掲げて以来、女性の育成や両立支援に積極的に取り組む企業は増えましたが、充分な成果が出るには至っていません。しかし、人口減少が現実のものとなっている中、人事部門としては男性正社員だけではなく、高齢者、女性、外国人など少数派といわれる人材も十分にその能力を発揮できる人事制度の構築が急務となっています。なかでも就業者全体の約4割を占めている女性は、グローバル化した経済環境の中で、組織の業績向上に欠かせない多様な価値観への対応といった面からも、その能力の活用が期待される人材です。
 筆者は、人事コンサルタントとして企業の人事制度の設計、運用、定着支援をしてきた関係から、近年、顧客企業の女性社員の活躍推進策について相談をうける機会が増えています。こうした企業に共通するのは、女性社員に対する継続就業支援制度が概ね整備され、出産→育児休業→復職→育児短時間勤務という流れが定着し、女性の勤続年数が長くなったという成果はあるものの、それ以外の施策にはいまだ手をつけていない状況にあることです。
 時短勤務で子育てと仕事の両立ができることを理想的と考える女性もいる反面、配慮されすぎて、成長が望めない状況から仕事にやりがいや充実感を感じられなくなり、結果的に退職という道を選ぶ女性も少なくありません。前者は「働きやすさ」を、後者は「働き甲斐」を重視しているということです。
 女性社員の勤続が長期化する傾向にある中、どちらの価値観も受け入れ、それぞれが組織の中で活き活きと働き、一人ひとりがその人なりのキャリアを形成できる環境を整備することが人事部門に期待されています。
 女性社員のキャリア形成を進めるためには組織風土の変革が欠かせませんが、これは一朝一夕に変えられるものではありません。しかし、こうした中でも大切なことは経営者と人事部門が女性社員の長期勤続を肯定し、戦力化していくという方向性を明確に打ち出すことです。各社の状況に応じた様々な考え方、施策があると思いますが、筆者はアプローチの視点として多くの企業の人事制度に共通して足りないものは、「人事システム運用の柔軟性」と「長期的な視点にたったキャリア形成支援」の二つだと考えています。
 本稿ではこの二つの視点から人事部門の女性活躍支援策を考えたいと思います。
人事システム運用の柔軟性~選択範囲の拡大~
 人事制度の中で働き方を選択できる仕組みとして大手企業を中心にコース別人事制度が導入されています。コース別人事制度は、転勤があり、基幹的な業務に携わる総合職と、転勤がなく、概ね定型的な業務を担当する一般職に分かれています。導入企業の約8割がコース転換制度を併設していますが、一般職から総合職へのコース転換者は少なく、転換実績が3年間に1度もない、という企業が48.0%という調査結果もでています(21世紀職業財団『2017年「一般職」女性の意識とコース別雇用管理制度の課題に関する調査研究』)。
 これは総合職と一般職の働き方(仕事の範囲や難易度、働く時間、勤務地など)に大きな乖離があり、2者択一の中で選択することが一般職女性には大きな壁になっていることが原因です。結果として入社時に選択したコースが固定化され、女性にとっては大きな決断をしない限り、一般職という枠から外れることができず、職務の広がりや難易度の高い仕事へのチャレンジの機会が失われているのが現状です。
 サイボウズ株式会社は1997年に愛媛県松山市で創業した企業で、グループウェアの開発、販売、運用支援を行なうITベンチャー企業として有名です。同社は多くのIT企業と同様に長時間労働など過酷な労働環境により離職率の上昇が続いていました。しかし、2005年に離職率が28.5%に達したことが契機となり、労働環境改善を行なうとともに、新たな人事制度を導入し、その結果、2013年時点で離職率を4%にまで低下させました。鍵となったのは「選択型人事制度」により働き方を柔軟に選択できるようにしたことです。
 同社が導入した「選択型人事制度」の基本的な考え方は、「より“多く”の人が、より“成長”して、より“長く” 働ける環境を整え、ライフステージに合わせた働き方ができるようにすること」です。
 制度導入当初は3つの働き方に区分していましたが、現在は「働く時間の長さ」と「働く場所」を基準に9つのコースを設定(図1)し、さらに選択した働き方から異なる働き方を“単発” ですることもでき、一時的な在宅勤務や時差出勤なども可能としています。こうした制度の導入は離職率の低下に留まらず、IT業界では2割程度とされている女性社員比率を4割まで引き上げることにもつながりました。

図1 サイボウズの選択型人事制度における働き方区分
 サイボウズ社の成功のポイントは働き方の選択肢を多くすることにより、組織が働き方の多様性を認めている、というメッセージを明確に示したことです。また、コース選択後も短期的な働き方の変更にも対応するという柔軟な姿勢を打ち出したことで社員が安心してコースを選択できるようにしたことです。
 図2は、定年まで働くことを想定した、「女性のライフイベントを含めた職業人生のイメージ」です。筆者が顧客企業と女性活躍推進について検討する際に参考資料として提示しているものです。

図2 女性のライフイベントを含めた職業人生のイメージ
 この図はあくまでもイメージですが、2015年出生動向基本調査に示された「調査・出産後のライフステージ別にみた、子どものいる妻の就業状態の構成及び妻の平均年齢」によると、子どもを持つ妻で末子が0 ~2歳の就業率は47.3%、3 ~ 5歳は61.2%、9歳以上になると77.8%となり、子どもの年齢とともに就業率が上昇していきます。また、それぞれの時期に対応する妻の平均年齢は35.5歳、38.4歳、44.7歳となっていて、概ね45歳前後で子育ての手が離れる傾向にあることがわかります。
 子育てをしながら働く女性にとって、仕事と育児の時間バランスは子どもの年齢によって大きく異なります。また、一人ひとりの女性の働くことに対する考え方によっても異なるものです。特に図2に示す30歳から40歳前半まで(赤色部分)の女性の生き方、働き方は千差万別であり、かつ、それが数年単位で変化していくと考えるべきでしょう。
 サイボウズ社の青野社長は「100人いれば100通りの人事制度がある」という考え方を示しています。長期勤続する女性の活躍を進めるためには、サイボウズ社の9区分ほどではないにしろ、現在のコースに留まらない複数の働き方の提示や、コースの選択と転換が柔軟にできるようなサブシステムを追加するなど、きめ細やかな視点で「働きやすさ」と「働きがい」を考えた人事の施策が必要です。(次号へ続く