Case 10
「親の介護」は話題としてネガティブにとらえられがちで、身内の恥をさらすようだからと控える人は多いようです。しかし、職場が「介護ラッシュ」に見舞われる日はそれほど遠くありません。だからこそ今のうちに、そういう事態に直面した人を「最悪なケースから脱出したロールモデル」にするべく、みんなで知恵を出し合うべきなのです。
しかも今回のご相談者は一人っ子で独身ということから、少子高齢化や生涯未婚率の増加の先にある、日本の未来像を先取りしているかのよう。働きながら介護する時代を身近に感じていただければと思い、回答しました。
まさか30代の自分が介護離職に
T・Kさん(36歳男性・アパレル関係)
このところ母の物忘れがひどくなったと思っていたら先日の朝、私の出勤間際に「具合が悪い」と。熱がなかったので、懇意にしている鍼灸マッサージ院で様子を見てもらうことにしました。ただ、ろれつが回らない感じがしたのでそれを告げると、「すぐに病院へ行こう。たぶん即入院だ」と車で連れて行ってくれました。
診断は脳梗塞。点滴による治療と入院が決まったものの、うちは母と私の二人家族です。退院後、介護が必要となると私がするほかなく、仕事しながらでは無理。職場でも「介護している」なんて話は全然聞きません。他人事だと思っていた「介護離職」が頭から離れず、目の前が暗くなります。
時代の先端をいくフロントランナー
その若さで親の介護に直面とはショックですね。同年齢で介護に入っている男性は少なく、相談しようにもできなくて暗い気持ちになりますよね。ただ、離職は思いとどまったほうがいいです。生活が介護だけになった時のストレスたるや仕事の比ではありません。そうなった時のご相談者さんのメンタルが心配です。
そして、職場には勇気を出してカミングアウトしてください。気持ちが軽くなるだけでなく、後に続く人のためにもなります。後輩たちは、自分の将来の姿を重ねて勇気をもらいます。また、今まさに介護に直面している人たちは、年齢が離れていても仲間になってくれるでしょう。
何しろ、介護を理由に離転職する人、いわゆる「介護離職」する人は今、年間10万人を超えます。私が試算したところ、本人もしくは配偶者の親が要介護者で、その事実を会社が把握していない就業者、名付けて「隠れ介護」(名付け親は経済週刊誌『日経ビジネス』です)は1300万人います。しかも、そんなふうに家族の介護をしている人の過半数が働きながらで、うち4割が男性です。年齢で見ると40~50代が6割を占めるので、ご相談者さんは早いほうですが、30代で介護をしている人がいないわけではありません。
実際、私のクライアント企業で社員の4割を50代が占める会社では、すでに2割を超える人が「家族に要介護高齢者がいる」状態です。あるメーカーでは、10年後に要介護高齢者を抱える社員は3割を超えると公表しています。
社員の平均年齢が40歳前後の会社を見ても、現時点で1割を超えていることから、今後はほぼすべての職場で3割を超えると考えられます。2020年に団塊の世代が70代に突入すると、その割合は一気に増えるでしょう。
職場の約3人に1人が家族を介護しながら働く。そんな「介護ラッシュ」に職場が見舞われる日は目前です。
ですから、ご相談者さんのように今、介護に直面している人たちは、時代の先端をいくフロントランナーであり、活用されるべきだと私は思います。仕事と介護の両立という働き方においても、シルバー市場のニーズを探る人材としても、職場にいてほしい存在なのです。アパレル業界に身を置いているとのこと、介護服は改善の余地がおおいにあるし、団塊世代はお洒落ですから、もっとカッコいいシニアファッションを提案したっていい。
「シルバー市場のニーズを探るべく現場に出向していく、そんな人材として自分を活用してほしい」といった前向きな提案とともに、カミングアウトしてみてはいかがでしょうか。
婚活宣言をおすすめします
そうやってワークの上での苦境をチャンスに変えるのと同時に、ご自身のライフについても考えてみてください。
まず、すぐに病院へ連れて行ってくれた鍼灸院の方には感謝ですね。経過報告がてら御礼に行きましょう。地域密着型サービスという業種柄、患者さんたちから地元の情報をいろいろ聞いているだろうから、評判のいい介護サービスはどこかとか、相談できると思います。
また、独身でいらっしゃるようなので、こういう時こそ積極的に婚活することをおすすめします。話が飛びましたか? いえいえ、婚活といっても、自分の代わりに介護をやってくれる人探しが目的ではありません。
ご相談者さんはおそらく人を見る目が変わったはず。内面で人を見るようになっただろうし、お母様の介護を隠さない姿勢に誠実さを感じる女性が出てくると思います。同じように親の将来を心配している女性もいるでしょう。どんなに美人でも、「要介護の親は施設にでも預ければいいのよ」なんて平気で言える人は願い下げでしょう? 本当のパートナー探しができると思います。鍼灸院でも婚活宣言してみては。その方面の地元情報も集まっていると思いますよ。
私は、母が亡くなる前に妻との結婚が決まり、それを報告できただけでもよかったと思っています。「こんな息子とよく結婚する気になってくれたね、ありがとう」と妻に言うのを聞いて、少なくとも安心させることはできたと。
介護は最後の親孝行のチャンスでもあります。いなくなってしまったら、介護させてもらうことすらできないのですから。