Case 1
私は、ワークライフバランスやダイバーシティ&インクルージョンを20数年間研究し、経営戦略として企業に提案しているコンサルタントです。と自己紹介すると、敷居が高く感じられるかもしれませんね。でも、実は、ご依頼を受けた講演会やイベントの先々で、「相談コーナー」を開かせていただくほど、現場大好き人間です。
実際、相談に来られる企業のご担当者や個人の方の声は多種多様で、まさに人生いろいろ、職場もお悩みもいろいろ、現場はダイバーシティであることを実感しています。
風土改革を進める上でのお困り事、制約社員が内在する職場でのお悩み事など、ぜひこの相談室にお寄せください。私自身は近年、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、性同一性障害)である社員への対応に、早急に着手すべきだと考えています。
今回は第1回ということもあり、これまで『ダイバーシティPress』編集部が取材してきた中から、個人の方の事例をご紹介しましょう。
収入をとるか、家族との時間をとるか
N・Sさん(30代男性・NPO法人勤務)
私がそれまでの働き方に疑問を感じたのは5年前、結婚して子どもが生まれるとわかった時でした。広告制作会社でイベントの企画・制作に携わり、やりがいを感じていたのですが、ふと、売上至上主義で休日出勤は当たり前、という日常に危機感を覚えたのです。子育てにかかわりたい、子どもが育った後も思い出話を楽しめる夫婦でありたい、と思いました。でも、勤務先にそういう風土がないことはわかっていました。歯ぎしりのために銀歯が抜け、髪まで抜けて薄くなったのは、きっとこの頃の煩悶のせい。転職先を探したところ、大手通販会社から内定を得て、ここなら収入も増えるし聞こえもいいと安堵したのでした。
ただ、通販業界の常識といえば、365日24時間顧客対応です。転職する意味がないと、またまた悩みました。最終的には内定を断り、子育て支援事業を展開しているNPO法人での再出発を決めると、妻には「もったいない、何で?!」と叫ばれ、親や友人には「慈善事業で食べていけるのか」と誤解される始末。
果たして再就職してみると、確かに収入は減りました。でも、家族と過ごす時間は増えた。妻は残業ありの共働きなので、保育園の準備や洗濯、風呂掃除は私の担当です。仕事も、前職では自分と社会のつながりが実感として持てなかったのですが、今は目の前にいる親子を通して社会のあり方を考え、問題解決に向けて目標を立て、向かっていくことができます。あの頃、このようなお悩み相談があれば、どういう答えが返ってきたでしょうか。
収入にもつながります。
今、多くの企業で若い男性社員の間に、同一組織の中での出世や肩書よりも、自分が大切にしたいことを優先して、働き方を変えたいと考える傾向が見られます。所属している組織では無理だとわかると、転職を視野に入れますから、上に立つ者はそこを理解しておかないと、優秀な人材やスキルを社外に流出させる恐れがあります。私は企業コンサルに入るとよく「ギャップ調査」を行います。例えば、男女間にある意識ギャップに「うちの部署は女性社員に向いていない。仕事を任せてもすぐ離職するから、もう配属してほしくない」というものがあるのですが、ギャップ調査を行って課題をデータ化すると、離職率が高い原因は他にあったりします。
N・Sさんが前職で感じていたギャップは、男女間の「性差」よりも「世代差」から生じていたものだったかもしれません。「男が育児なんてみっともない」という声は管理職層に根強く、育休や短時間勤務などの制度はあるのに、男性社員が利用するのは風土が許さないというギャップも、多くの職場に見られます。
また、キャリアというと日本の男性は仕事ばかりイメージしがちですが、ライフでキャリアを積むことも重要です。ライフでのキャリアが少ないから、部下のマネジメントにも失敗する。私自身の経験から言っても、育児はマネジメント力を磨く絶好の機会です。N・Sさんのように支援事業に携わっていなくても、「子どものためにいい社会にしよう」と考えるようになり、それが企業の成長やひいては個人の収入にも反映されるのではないでしょうか。
人生を車の運転に例えれば、ライフステージに合わせてギアチェンジしながら走らせる、マニュアル車に乗っているようなものです。その点、女性は結婚や出産によって走り方の変換を余儀なくされる機会が多く、マニュアル運転に慣れています。会社に入ったら後はアクセルを踏むだけのオートマ運転しか慣れていない男性は、いつか急ブレーキを踏んでエンジンストップとなりかねません。先行き不透明な日本では今、マニュアル車を運転するような気持ちでいなければと思います。
子育てを顧みなかった男性の将来も心配です。そこで最後に、以前、コンサルした企業で私が読んだ川柳を一句。