VOL.14
撮影・松本のりこ
NPO法人tadaima!代表理事
三木智有さん
「家事シェア」を提唱して6年、
ようやく社会がその重要性に
目を向けるようになったと実感し始めています
ようやく社会がその重要性に
目を向けるようになったと実感し始めています
もくじ
国が「働き方改革」をうたいはじめ、その表裏として男性の暮らし方、意識の変革が必要なのだということが、少しずつ認識されはじめています。そこで今回は、日本で初めて「家事シェア」という言葉を使い、男性の家庭参画の大切さやメリットを提唱しつづけてきた、NPO法人「tadaima!」代表理事の三木智有さんに、改めて「家事シェア」の原点から今日まで、そしてこれからについてお聞きしました。
三木智有(みきともあり)さん
NPO法人tadaima!代表理事。「ただいま!と帰りたくなる家庭」をビジョンに家事シェアプロモーション事業、子育て家庭のモヨウ替え事業、キッズ家事プロジェクト事業などを展開。2016年度内閣府男女共同参画局「男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会」委員を務めた。
家のインテリアは妻任せで本当にいいの?
違和感から始めた「tadai ma! 」の事業
違和感から始めた「tadai ma! 」の事業
――三木さんはもともと、インテリアのお仕事を通じて、さまざまなご家庭をみてこられたのですよね。
三木 はい、そうです。インテリアコーディネーターとして仕事をするなかで、多くのご家庭が、その相談過程では妻がほとんど主導権をとり、夫は妻に任せきりでした。心のなかで、「本当にリビングはピンクのカーテンでいいの?」「この家具で本当にくつろげるの?」と夫に問いたいこともよくありました。ともに暮らす大切な家が、誰の空間か、どうしたいのかを等距離でそれぞれ発言しなければおかしいのではないか、妻も子どもも夫もそれぞれくつろげる空間があってこその家ではないかという違和感を感じることが多かったのです。
私はコーディネーターとして、おしゃれな空間を作りたいとか素敵なデザインをしたいというよりも、「居心地のよい家庭はどうやったら作れるのだろう」という思いが強かったので、自分自身の仕事の立ち位置を変えなければ、本当の暮らしやすさとか家族の関係性とか家事や育児のしやすさというものを伝えていくことはできないと思いました。そこで、10年後も20年後も「ただいま!」と帰りたくなる家庭を社会のなかに増やしていきたいというコンセプトで、2011年にNPO法人tadaima!を立ち上げました。
私はコーディネーターとして、おしゃれな空間を作りたいとか素敵なデザインをしたいというよりも、「居心地のよい家庭はどうやったら作れるのだろう」という思いが強かったので、自分自身の仕事の立ち位置を変えなければ、本当の暮らしやすさとか家族の関係性とか家事や育児のしやすさというものを伝えていくことはできないと思いました。そこで、10年後も20年後も「ただいま!」と帰りたくなる家庭を社会のなかに増やしていきたいというコンセプトで、2011年にNPO法人tadaima!を立ち上げました。
――私どもが三木さんを存じ上げるきっかけになったのが、2013年に発表された「家事シェア白書」でした。家事分担という名の家事の押し付け合いではなく、「シェア(共有)して家族事にする」という新しい価値観は、当時目からウロコがおちるような、痛快な驚きがありました。
三木 活動を始めた当初は、反発とまではいかないですけど、理解されない感じはものすごく強かったです。「男性が、どうして家事の話をしてるの?」という感じですよね。今は「男性がそういう話をすることは大切だよね」と思ってもらえるんですけど、始めた当初はそこがネックでした。「家事のこと、本当にわかってるの?」と。そのときはまだ子どもがいなかったので、「子どもがいる家事って大変なのに、それをわかってないんじゃないの?」というようなことを遠回しに言われたこともありました。
また、ソーシャルビジネス立ち上げのサポートをする団体に起業支援をしてもらったのですが、「考えていることはいいことだと思う。でも哲学はお金にならないから」と言われ続けました。家事シェアの考え方だけではお金にならない。それをどのようにビジネスにしていくかを考えなければいけないと。
どうやってお金のとれるサービスにしていくか。それが難しいんですよね。収益に寄りすぎると、自分が掲げているビジョンからはずれてしまう。自分のやっていることが、目指す社会に少しでも近づくことに役立っているのか。悩み続けながら今日までやってきたという感じです。
また、ソーシャルビジネス立ち上げのサポートをする団体に起業支援をしてもらったのですが、「考えていることはいいことだと思う。でも哲学はお金にならないから」と言われ続けました。家事シェアの考え方だけではお金にならない。それをどのようにビジネスにしていくかを考えなければいけないと。
どうやってお金のとれるサービスにしていくか。それが難しいんですよね。収益に寄りすぎると、自分が掲げているビジョンからはずれてしまう。自分のやっていることが、目指す社会に少しでも近づくことに役立っているのか。悩み続けながら今日までやってきたという感じです。
夫の家庭参加への動機づけは「夫婦割引」
女性から出たアイデアで成功
女性から出たアイデアで成功
――ただモヨウ替えをするとか、家事サービスを提供するということでは、視点がまったく違ってしまいますよね。
三木 そうなんです。私たちが掲げているビジョンやミッション、要は男性を家庭に巻き込みたい、家事をシェアするような関係性を作っていきたいというものに対して、部屋づくりとかモヨウ替えというのが、私のなかではつながる確信はあったんですけど、一般の人にも伝わるまでにすごく時間がかかりました。
家のなかのことを夫婦でいっしょに作っていくことがいかに大切なのか。ママ自体が抱え込んでしまっている家事や育児、家の中の不満……そういうものを手放していくかがどんなに大事か。そういうことが、ようやく伝わるようになってきたと感じています。
家のなかのことを夫婦でいっしょに作っていくことがいかに大切なのか。ママ自体が抱え込んでしまっている家事や育児、家の中の不満……そういうものを手放していくかがどんなに大事か。そういうことが、ようやく伝わるようになってきたと感じています。
「子育て家庭のモヨウ替え」
暮らしの変化に備え、家族がより助け合える環境づくりを考えます。無料カウンセリングから始まり、プランニング~実際のモヨウ替え作業まで、誰よりも手を動かしてサポートします。
――大きくいえば、社会の流れがようやく三木さんの考え方に気づくようになってきたということなのでしょうが、日々活動されているなかで、何か「こうすれば男性にわかってもらえる」というようなきっかけはあったんですか。
三木 一番大きなターニングポイントになったのが、「夫婦割」ですね。先ほどもお話ししましたが、モヨウ替えで一番難しいのは、パパをコンサルティングに同席してもらうことなんです。女性とだけ話をしていても、ママの不満を聞いて理解者になることはできるけれど、夫を巻き込むことができませんでした。その場にまず夫にいてもらうことが大事で、そのための方法をいろいろ試してみたんですけど、シンプルに、「割引にするからパパもいてね」というのが一番でした。夫婦でコンサルティングを受けてくれたら20%オフになります、という。
――お得!
三木 「割引になるから、ちょっと予定を合わせてよ」というのは妻も言いやすいし、夫も自分がその場にいる意味がはっきりわかると「じゃあ調整しようか」となりやすいんですよ。これが、「家のことなんだからあなたも考えてよ!」と説教口調で言われてしまうと、面倒くさい気持ちが勝ってしまって、「いいよ、君に任せるよ」となってしまうんです。割引になるからという理由があることで、とりあえずはいてくれる。現在は9割5分以上がご夫婦参加です。
――どうして夫婦割を思いついたんですか。
三木 育休中や離職中のママの仕事復帰や社会貢献活動を応援するNPO法人のママたちと話をしているなかで出てきたアイデアだったんです。「どうやったら夫を誘えるか」という話をしていた時に、「やっぱりお金の話になりがちだから、割引になったらおもしろいんじゃないの?」「夫婦で一緒に出席したら割引になるってどうだろう」って。
――要するに、動機付けですね。
三木 そうですね。そうすることで、男性がまずその席についてくれる。ついてもらえれば、私たちはそこで男性を追い詰めたり責めたりしませんから(笑)。
私たちは、モヨウ替えのコンサルティングのなかでは、ある程度中・長期の部屋づくりのお話をしていきます。例えばお子さんが成長していくなかで、子どものスペースや部屋を作りたいという夫婦共通の思いがあった時に、「そのためにはこれぐらいスペースが必要ですよね」「では、どこのスペースを調整しましょうか」となると、意外と夫のほうから「ぼくが趣味のCDを飾っている棚1個分ぐらいなら捨てられるかな」という話が出てきたりするんです。
夫も主体者として話をしていくことで、モヨウ替えを機に、夫が家庭のなかでの役割を得ていくこと。私たちはこれを「有要感(自分が必要とされている実感)」と呼んでいますが、それはお客様アンケートの中でもコメントとしていただけていますし、実感しています。
どれだけ自分が負担に感じるかというのは、自発的であるかどうかというのが大きいんですよ。例えば5の労働をするのにも、5を“やらされる” のは20にも30にも負担を感じるんですけど、自分から手を挙げてやるとそこまで負担を感じずにできたり、他の仕事を自分で調整して取り組んだりするようになるんですね。それが家族のなかでの夫の「有要感)」につながっていくと思っています。
私たちは、モヨウ替えのコンサルティングのなかでは、ある程度中・長期の部屋づくりのお話をしていきます。例えばお子さんが成長していくなかで、子どものスペースや部屋を作りたいという夫婦共通の思いがあった時に、「そのためにはこれぐらいスペースが必要ですよね」「では、どこのスペースを調整しましょうか」となると、意外と夫のほうから「ぼくが趣味のCDを飾っている棚1個分ぐらいなら捨てられるかな」という話が出てきたりするんです。
夫も主体者として話をしていくことで、モヨウ替えを機に、夫が家庭のなかでの役割を得ていくこと。私たちはこれを「有要感(自分が必要とされている実感)」と呼んでいますが、それはお客様アンケートの中でもコメントとしていただけていますし、実感しています。
どれだけ自分が負担に感じるかというのは、自発的であるかどうかというのが大きいんですよ。例えば5の労働をするのにも、5を“やらされる” のは20にも30にも負担を感じるんですけど、自分から手を挙げてやるとそこまで負担を感じずにできたり、他の仕事を自分で調整して取り組んだりするようになるんですね。それが家族のなかでの夫の「有要感)」につながっていくと思っています。
――そこにたどり着いたということですね。
三木 今の段階で、一番大事にしたいところで成果が見え始めているというのはうれしい部分です。もちろんまだまだ課題だらけではあるんですけど、ようやく一歩は進めたかなあと感じているところです。
家事シェアもモヨウ替えも、
必要としている人にきちんと届く情報発信をしていきたい
必要としている人にきちんと届く情報発信をしていきたい
――コンサルティングやモヨウ替えをするなかで、気をつけていることはありますか。
三木 いろいろなお客様のケースを見ているなかで、大風呂敷を広げすぎないのが大事だと思っています。私たちはカウンセラーではないので、直接夫婦関係を改善するわけではないです。でもそのきっかけにはなり得るし、きっかけとして利用してもらえたらいいなという思いはあります。だから基本的なスタンスとしては、きっかけさえ得られれば、あとはご夫婦でいろいろ進めてくださるだろうと、お客様自身を信じるというところをスタートラインにしています。
私たちがプロとしてできるのは、部屋の使い方をどうするかということのご提案です。その際に夫婦で一緒に話し合う場を作る努力や工夫はしますが、そこから先のご夫婦の関係性とか心理的なところには踏み込まないようにしようとは思っています。そこをしっかり線引きすることで、むしろいい効果が得られるのではないかと思っています。
私たちがプロとしてできるのは、部屋の使い方をどうするかということのご提案です。その際に夫婦で一緒に話し合う場を作る努力や工夫はしますが、そこから先のご夫婦の関係性とか心理的なところには踏み込まないようにしようとは思っています。そこをしっかり線引きすることで、むしろいい効果が得られるのではないかと思っています。
「KIDS家事PROJECT!」
「できた!」と「ありがとう!」が飛び交う毎日を。親子でともに家事を学ぶワークショップです。写真は「古民家でごはんづくり講座」の様子。子どもたちといっしょにおそうじとごはんづくりを楽しみました。
――これから更にここを強化したい、あるいはこんなこともやっていきたいということは何かありますか。
三木 今のところ、新しいものではなく、今やっている家事シェアやモヨウ替えの事業についてもっと広く提供できるような情報発信をしていきたいと思っています。
子育てしながら夫婦で働いている世帯がこんなに増えているのですから、家事シェアやモヨウ替えを必要としているご家庭はたくさんあるはずです。そういう人にしっかり情報を届けていくこと、そして「ただいま!」と帰りたくなる家を社会に増やしていくことを、これからも変わらずに目指していきたいと思います。
NPO法人の立ち上げから今日までの数年間は、理念を具体的な形として、何をしていくかというような、自分の中の武器を作っている感じだったんですが、その武器がようやくできてきたので、いよいよそれを社会のなかで活用していく段階になっている気がしています。なので、コンサルティングも増やしていきたいと思っていますし、家事シェアの講演会やワークショップに呼んでいただけることも増えてきましたので、そうした機会を通じてもっと積極的に情報発信していきたいと思っています。
子育てしながら夫婦で働いている世帯がこんなに増えているのですから、家事シェアやモヨウ替えを必要としているご家庭はたくさんあるはずです。そういう人にしっかり情報を届けていくこと、そして「ただいま!」と帰りたくなる家を社会に増やしていくことを、これからも変わらずに目指していきたいと思います。
NPO法人の立ち上げから今日までの数年間は、理念を具体的な形として、何をしていくかというような、自分の中の武器を作っている感じだったんですが、その武器がようやくできてきたので、いよいよそれを社会のなかで活用していく段階になっている気がしています。なので、コンサルティングも増やしていきたいと思っていますし、家事シェアの講演会やワークショップに呼んでいただけることも増えてきましたので、そうした機会を通じてもっと積極的に情報発信していきたいと思っています。
「家事シェアプロモーション」
パパが家事を楽しむための講座や、ママがじょうずに家事を家族に引き渡すための講座を展開中。
今月の「元気!つくってます」を読んで
「tadaima!」代表理事 三木智有さんへ
10年後も20年後も、ただいま!と帰りたくなる家……
この一言に子どもの幸せが凝縮されていますね
育児・医療ジャーナリスト
赤石美穂さんから
今やワーキングママ率68.1%(2015 年厚生労働省国民生活基礎調査)。みんなで働いてみんなで子育てが主流の社会になっています。でも、そのなかでママもパパも仕事と育児の両立に悩んでいます。「どっちのほうが大変」という大変さ比べや、「なんでわかってくれないの?」「言わなきゃわからないだろう」という気持ちのすれ違いが少しずつ積もっていって、ある日ぶつかりあってしまう。私自身、そんなことの繰り返しのなかで子育てしてきたように思います。
三木さんの「家事シェア」は、家事分担や押し付け合いの主張から抜け出すことのできる、これからの家族のあり方の中心になくてはならない考え方だと思います。家事を「家族事(かぞくごと)」にして、それぞれができることを自ら進んですること。「ありがとう」が行き交い、皆がなくてはならない大切な存在として尊敬しあえること。そのような家庭のなかで、子どもは大人や社会への信頼感を育て、安心して成長していけるのだと改めて考えさせられました。
三木さんの「家事シェア」は、家事分担や押し付け合いの主張から抜け出すことのできる、これからの家族のあり方の中心になくてはならない考え方だと思います。家事を「家族事(かぞくごと)」にして、それぞれができることを自ら進んですること。「ありがとう」が行き交い、皆がなくてはならない大切な存在として尊敬しあえること。そのような家庭のなかで、子どもは大人や社会への信頼感を育て、安心して成長していけるのだと改めて考えさせられました。
ではどうすればいいの?
理念が目に見える「形」になった!
理念が目に見える「形」になった!
三木さんは「家事シェア白書」で、家事シェアの考え方がいかに大切かを世の中に訴えかけましたが、理念を現実にしていくことは容易ではなかったと思います。それを「モヨウ替え」という、現実的かつ押しつけがましくない(男性に対して説教くさくもない!?)事業で、ひとつの目に見える「形」にされました。家族が向かい合って家のことを考え実現していく楽しさを体験することが、家事を「家族事」にする第一歩になるのですね。
これからさらに広く家事シェアの大切さが浸透し、家庭だけでなく社会全体が、仕事も家事も育児も、皆で協力しあいシェアしあうのが当たり前になっていけたら……。三木さんのこれからの活動に期待しつつ、私たちもできることから始めていこうと思います。
これからさらに広く家事シェアの大切さが浸透し、家庭だけでなく社会全体が、仕事も家事も育児も、皆で協力しあいシェアしあうのが当たり前になっていけたら……。三木さんのこれからの活動に期待しつつ、私たちもできることから始めていこうと思います。